文化・芸術

散策、河原町、先斗町

いつもそうであるように、この界隈をぶらつくのはいつも、夕時からである、どこかにも書いたが、
京都って訪れるスポットが多く、またあちこちにと点在しているので、思った以上に広い。
その為か、どうしても中心部の河原町付近は晩御飯も兼ねて夕刻からまわる事は多くなる。
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先斗町でも別に、マトリョーシュカが並んでいたっていいじゃない。

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すだれ文化からくる和風格子引戸、店の中が見えそうで見えないところが良いんだろうなあ。

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和洋折衷というか、古くからの文化と近代文化の融合は、異質感ないが標識はちょっと融合ではないな。

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こんなとこが、シビレさせるところかな。

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京都で、「京」の字は、観光客であるにもかかわらず、観光客向けのように感じ抵抗があるなあ。

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京都人の粋なのか、雅なのか先斗町の通りは看板、店構え、店先の提灯とお客を誘う、ことに狭い小路が店に入りやすくしているようで、どこの家庭にもあるキャベツなど店先に並べられたら、なおさらに敷居が低く感じてしまう、はや、川床も始まり。
しかし、お客に悔恨するかのように寄ってくれという雰囲気はまったくない。「寄せてもろても宜しおすか?」、「いらっしゃい、どうぞ、お好きなように」的な世界なのである。

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鬼平と悟りと迷い

旅では、是非寄ってみたい場所と、偶然発見の驚きの場所ってのがあるけれども、今回は是非寄ってみたかった場所。
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大徳寺、裏の今宮神社。

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そして、ここ、この雰囲気。見えているのは「かざりや」。いいアングルだ。

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ここですよ、鬼平のラストのキャスト紹介で流れている雪のシーンの蕎麦や場所。TVは暗くしてますがね。

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この石の敷き詰められた床、いろんな人が踏んだでしょうが、その中に旅人もかなり多いはず、どんな旅だったんでしょう。

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これが、名物「あぶり餅」、僕の食べた店は「いち和」。お向かいには「かざりや」、しかしこの炭火。

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しばらく歩き鷹峯、源光庵、迷いの窓。「我思う故に、我有り」 by デカルト。

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写真を撮るのでもどう撮るか迷ってしまった「迷いの窓」。

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そして、真理を見つけま~るく収まるということなのか、「悟りの窓」。

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これも、訪れてみたかったふたつの窓、やっと拝めました。

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源光庵からの千本通りと戻る坂の途中、行く時も気になってたが上り坂で、ばて気味、帰りは下り坂で余裕の寄り道。

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巻頭で触れたけど、旅にも色々あって、見知らぬ土地を旅するってのは普通であると思う、
しかしココ京都って所は、2日や3日で見れるものでなく、それゆえにリピートとなるかもしないけれど、
何度か訪れているとある程度の場所、交通の勝手もわかるが、まだまだまわった事のない、
知ってる場所だけど行った事のない知らない場所が多い、そのくらい京都は広い。
それが、魅力なんだろうか。何でも全部わかってしまうと興味も薄れてくるというもの。

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薬師寺

なんか、すっかり自分でもここの作風が変ったように思う、まあ仕方ないですわ、旅は日常と違う世界ですから、
現実と非日常、見慣れない刺激さた世界の方が人間も変ってきますって。
こんな風景が、目の前に現れてくる世界夢だね。
そんでもってカメラを首にぶら下げていたら、当たり前のような行動をすますよ。
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歴史が新しい昭和の金堂、本来なら国宝薬師如来、日光菩薩、月光菩薩の薬師三尊が拝見出るのだが、残念ながら月光、月光は東京の「国宝 薬師寺展」の為、拝見できず。

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昭和に復興された西塔、輪郭の線がくっきりしているせいか、造りもしっかりして見える、1300年前に造られた東塔よりも、80cm高く造られ、柱の収縮や地面の推積により1300年後同じ高さになるらしい。

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この写真気に入っている、タイミング良く、人がほとんど写ってなく、ちなみに手前の人は僕のおじさんである。

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こんなに、ひっきりなしの修学旅行生、および観光客なのだがね。

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ココも柱の上部が細い、まっすぐな柱が並んでいると上部を細くした方が綺麗に見えるという。確かに遠くの柱は直線に見える。

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唐招提寺も行ったが、想像以上の復興模様でがっかり、引き返す。

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途中の見た塀垣これが、奈良、西の京である。

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帰途に着き、何ともなく、途中の線路が新鮮に感じる。そしえ再度、翌日奈良公園周辺へと。

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田舎ではね、交差している鉄道は珍しいですぜ。

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いわゆる明るいレンズの方が、露出をとりやすようで、アンダーに注意しているせいか気持ち逆に明るかったりする。
でも、このあたりが判断は難しいところ。

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村上、現在、伝統と伝承

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前からずーーと気になってたお店

前と通るたびに気になって×2いたお店が古町通りにあった、いっぱい写真を撮りたくなるような店なので、
店長さんに声をかける事ができて写真を撮りましたが、声をかけるのにだいぶ迷っていたでんすわ。
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新潟のアーチスト集団のお店とでもいいましょうか、雰囲気オーラが100%、店の中に入ると200%でしょうか。
ブログに載せてもいいと快く許可をもらいました、有難うございます。
詳しくは  ◇クラフトショップ イカラカラ

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冬来たりなば春遠からじの意

当ブログのタイトルの謂れを、説明していなかったので、遅ればせながら、

イギリスの浪漫派の詩人 シェリー (Percy Bysshe Shelly 17921822)作「西風の賦」から。
イタリアのフィレンツェ近くにて、10月の荒れ狂う西風に枯れ葉の群れが舞った情景から
詩人シェリーは、「西風の賦(みつぎ)」を生む。
枯れ葉を吹き飛ばす西風、そして吹き飛ばしたあとは、やがて季節は冬から春へと移る。
自分の鬱積するモヤモヤも西風よ、吹き飛ばし再生させてくれ、そしてやがては春がくるように。
そして結びの一句が 「予言のラッパを響かせてくれ!おお、西風よ、
                 冬来たりなば春遠からじ、と私は今こそ叫ぶ!」である。

これを、そっくりタイトルには、恐れ多く、「冬来たり・・・」に見合うブログに近づけるように、
「まずは、一歩から」の「まずは、」をつけてブログタイトルを、
           「まずは、冬来たりなば春遠からじ」とする。

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人生山あり、谷あり、いずれは雪解け、春が来る。

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