奈良

再びの奈良町

奈良を訪れて、初日に奈良町界隈で方向感覚まったく機能せず、そんな町を再び。
坂が多く、道は細くよくまあ車が通ると思うくらいだが、やはり中心は自転車、バイクが目立つが狭い道路にバイクのエンジン音は逃げるとこがなくこだましてけたたましく聞こえていた。
でも、基本的にはほのぼので始まっていた再びの奈良町。
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奈良町ほのぼの人情ありって感じですかね。

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この坂自転車で下りるのは楽だろうけど登るのは、、、、、、そして、この道幅。

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庚申堂の屋根、見ざる、言わざる、聞かざる。

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身代わりの猿、絵馬代わり。

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何気に、風格ただよう。

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奈良町資料館

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元興寺(塔跡)の光と影と屋根と煙突。

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人もすれ違いがぎりぎりでは、、、人によってですが。

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何気に、興福寺の五重塔、眺め的に京都八坂の五重塔付近の眺めに似ていそう。

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何といっても、奈良は鹿。この標識はちょっと御目にかかれない、だからでないがわが町でも欲しい標識である。
奈良もこれで終って京都に戻った。

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薬師寺

なんか、すっかり自分でもここの作風が変ったように思う、まあ仕方ないですわ、旅は日常と違う世界ですから、
現実と非日常、見慣れない刺激さた世界の方が人間も変ってきますって。
こんな風景が、目の前に現れてくる世界夢だね。
そんでもってカメラを首にぶら下げていたら、当たり前のような行動をすますよ。
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歴史が新しい昭和の金堂、本来なら国宝薬師如来、日光菩薩、月光菩薩の薬師三尊が拝見出るのだが、残念ながら月光、月光は東京の「国宝 薬師寺展」の為、拝見できず。

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昭和に復興された西塔、輪郭の線がくっきりしているせいか、造りもしっかりして見える、1300年前に造られた東塔よりも、80cm高く造られ、柱の収縮や地面の推積により1300年後同じ高さになるらしい。

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この写真気に入っている、タイミング良く、人がほとんど写ってなく、ちなみに手前の人は僕のおじさんである。

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こんなに、ひっきりなしの修学旅行生、および観光客なのだがね。

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ココも柱の上部が細い、まっすぐな柱が並んでいると上部を細くした方が綺麗に見えるという。確かに遠くの柱は直線に見える。

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唐招提寺も行ったが、想像以上の復興模様でがっかり、引き返す。

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途中の見た塀垣これが、奈良、西の京である。

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帰途に着き、何ともなく、途中の線路が新鮮に感じる。そしえ再度、翌日奈良公園周辺へと。

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田舎ではね、交差している鉄道は珍しいですぜ。

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いわゆる明るいレンズの方が、露出をとりやすようで、アンダーに注意しているせいか気持ち逆に明るかったりする。
でも、このあたりが判断は難しいところ。

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法隆寺 2

それにしても、広い、そして中身も濃いのが法隆寺、やはり飛鳥時代からなのか京都文化と違っている。
飛鳥の風なんだろうか、建物の内部の仏像にぶつかりながら通って外に吹き抜けた風で揺れている。
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飛鳥時代(590年頃~710年)、奈良時代(710-794年) 平安時代(794-1185年) 鎌倉時代(1185-1333年)。

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鎌倉時代、上御堂。

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国宝、百済観音像、玉虫厨子など代表とする宝物所・大宝蔵院を後にして見えてきたのは五重塔の相輪。こう言う何気がいい。

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いつの頃からか法隆寺を見つめているのか大木ケヤキ?

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塀の壁よりも、瓦が歴史です、定規で引いたような直線、曲線はなく見た目に優しい。

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八角の夢殿を目指す、ここも国宝で、当時のスーパースター聖徳太子を偲んで建てられた。

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この日は、フランスの団体さん。「中は暗くて見えないわね」、「サングラスしてるからでしょう」。

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何気なく、五重塔、でもこう言う場合は、望遠で狙らいだなあ。

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自分の知っている聖徳太子は、お金と漫画の「日出処の天子」しか知りませんが、その方を供養する夢殿の屋根。

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学生の修学旅行って、こういうとこ周ってると、歴史の勉強にも身近になりそうだけど。

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こんな写真撮り風景がいいんですねえ、腰に手なんか当てちゃって「なるほどねえ」と思ってますね。

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この子達はどう感じているんだか、でも記憶は自分の法隆寺の記憶よりも長く残るはず、だってこの先長いもの。

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先生が、生徒たちに「中門」をバックに撮ってますが、僕の時代はそんな風景なかったなあ、カメラ貴重だったし。
聞くと見るとでは、違うもんで1時間もあれば見れると思ったのは大間違い、大宝蔵院をジックリ見てたらどんなかかることか、日本ではここは歴史が古い分仏像も海外の影響をそのまま受けていうので、百済観音像は飛鳥時代でありながら8頭身の仏像ででもすらりとした所が、なんとも慈悲深く見えたことか。

僕の修学旅行は、中学・高校と東京・北海道だった、でも学生時代に奈良・京都をまわっていたら、歴史の成績はもっと上がっていたと思う、興味のない本から、「あー、あそこかあ」と身近な歴史となるものだもの。

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法隆寺

奈良斑鳩町法隆寺、日本初の世界文化遺産。何も言う事はありません。なにせスーパースター聖徳太子のゆかりの寺ですから。
国宝軍団、東大寺と法隆寺で奈良観光はおなかいっぱいになりますよ。
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見えてきました、国宝「中門」。そこにいるのは2体の金剛力士像。

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そして、左右の金剛力士像、撮りたかった。こんな貴重でありながら金網がないのは珍しい。1300年前の芸術モノです。

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やはり、ここの金剛力士像をとるには、望遠レンズは必要だなあ。しかし保護用の金網なし、そのまま写真が撮れるなんて、しあわせ。

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この回廊の柱は上部が細くなっていて見た目が美しくみえるように計算されたエンタシスの柱、奈良時代のつくりの国宝。

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日本最古の五重塔、当然国宝。すりすりと触りました、塔内部にも国宝の塑像が80点あります。

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五重塔1300歳と子供2歳くらいかだろうか。

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奈良では、五重塔はすっかり相輪を見るようになる。1300年前の文様である。

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この国宝の回廊、触れるんですぜ、ぬひひひ。。。

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国宝の回廊の格子からみる景色も然ることながら、回廊全景も奈良時代からずっと同じはず。

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飛鳥時代の金堂と、五重塔当然国宝ながら、僕の撮っているこの場所も国宝回廊から、なんとも国宝的しあわせとでも申しましょうか、または法隆寺ショック。

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monochromeの多い旅

意図している訳ではないが、モノクロ撮影率が多い、撮ってた時はカラー、モノクロの半々くらいかなと思っていたが、
さにあらずであった、それにしても、モノクロの明暗の難しさが顕著に出ている。色のキレイさのごまかしのない、明暗の勝負で、
これが、どうしても暗過ぎたり、明る過ぎたり、自分のクセの露出のアンダー傾向が目立つ。ほんと壷にハマったときは良い色になるけど。
難しいぼやき事はさておき。。。。。
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春日大社南門、東大寺二月堂から来ると、たぶんこの門から入らないなあ。僕は出てきた所。

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こちらが、正規ルート、二の鳥居もある。相変わらず元気な旅行生多し。

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国宝軍団、新薬師寺を目指して行く途中、ここでもスケッチ風景。表現は出来ないが奈良的風景か。

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街並み愛好家として、この直線道路はほっておけない景色。道幅、家並み、電柱、ずっと先に見えるもの。

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そんな街並みにしびれている時に突如視界をさえぎった人力車、スナップとして頂き、悪くはない。

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今来た道を振り返るとそこは、もう奈良町に入っていたようである。ガイドブックのイメージとだいぶ違う。

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奈良町のメイン、元興寺、これまた国宝の本堂、スリスリしたのは云うまでもない。

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これだな、露出アンダー、、、暗めである。

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奈良町で見つけた銭湯、何がしか気のせいか奈良っぽく見えてしまうが、中はどんな?入浴はせず。

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庚申資料館、庚申の資料館とはいえ、昔の看板に目がいく。有名作家の生原稿あり。

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どうも、京都のつくりと区別はつかないが、建物は暗め感じがしないでもない。

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こうやって歩いているだけでうれしい、そして奈良の1日目終り。
しかし、この度は京都メインで観光してるけど、奈良で圧倒され続けているが、まだまだ。でもその後には、大阪も控えているのである。
関西はBIGなり、関東ではこうはならないかも。

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続 圧倒、奈良 

先人は偉いです、見事、スケールといい、形状・文様といい、出来ばえといい、どうしてこんなのが、重機のもない時代にできたんでしょうか。
鬼瓦でさえ、この自分の身の丈以上の大きさでに気の抜いた所がまったくない。
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しかし大きい、「鎌倉の大仏」くらいなら自分の理解の許容範囲に入るが、これは範囲をはるかに超えている、そして大仏殿の大きさは、それをも理解の度から並外れである。

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しかし、どこから入れたんだろうとか、普通は無粋な事を考えるが、圧倒というのはそんな事すら考えさせない。

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人間と大仏殿の大きさの割合、「なにこれ?」と心でつぶやいていた。 

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二月堂に向かう途中、さりげないが、この風景しても本来は十分に絵になっているけど、あの後では霞んでくるのであろうか。

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有名なスポットにて、奈良の街を展望。
そんな、二月堂から春日大社に移動途中に、京都東山、三寧坂に雰囲気が、、、、いい。
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現代の建物からすると、早期建築の合理化とかはやはり違って、散策中どれを見ても、手の抜いた所がない、
一度に全部が完成されたわけでない、歴史の積み重ねがこうやって形になって調和している。

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圧倒、奈良

恥ずかしながらの初めての奈良って迫力がありました。
京都フリークな小生としては、受け入れられないくらいの迫力に圧倒され、この角度はまさに、「奈良ってこんなもんよ。」と、
言われているようで、毎日松坂牛食べてる人間に、「牛肉ってこんなもんよ。」とあっさり言われた、庶民の感覚がありました。
第1ショック場所、興福寺。
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眺めは何気ない、相輪にすぎないが、水煙は少なくても1600年前のデザインでアールヌーボも真っ青です。

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第2のショック場所、東大寺山門前。

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既に行った方にはお分かりでしょうが、この迫力でありますが、まだ山門。

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でもって、金剛力士像もこんなのありですかって迫力。

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でも、その先にはもっと凄いものが待ってました。外人さんも圧倒でしたね。

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「何って大きんだ、greatだなあ。買って帰るか。」、「また始まった、悪い癖、お金はどうするのよ。」てな会話?

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     .。o○「俺は、ひとりただ眺めているだけで幸せ。。。。」

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まじめに撮る物は撮ってます、壁。

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第3のショックに噂知っていても流石に、驚きですよ、放し飼いの目の前の鹿。

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奈良のショックは、まだまだ始まりだった。

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昨日は、京都侵略なんて大げさにタイトルつけたが、、

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奈良なんだけど、突然に現れた奈良らしくない落書きと、風呂屋の煙突にしびれる。

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京都侵略なんて大げさなことを昨日書いたばかりなのに、本日は奈良ゆえに奈良侵略になるかな。
それにしても、当たり前だけど、奈良に来てもいつもの目線でだねえ、そしていつも間にやらモノクロ多投になったきた。
墨絵の捉え方はよくわからんけど、こんな感じなんだろうか。

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